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日本の歌を集めて1 白い花の咲く頃
Japanese Songs Collection 1 -When white flowers bloom-



ALCD9152.jpgALCD-9152 税抜価格2,800円 2015/07/07発売
JAN 4530835 110958
小松英典バリトン塚田佳男(ピアノ)

Hidenori Komatsu, baritone
Yoshio Tsukada, piano



[1] 花のまち(江間章子 詞/團伊玖磨 曲)
[2] ここは瀬戸内(中村千栄子 詞/芥川也寸志 曲)
[3] 夏の思い出(江間章子 詞/中田喜直 曲)
[4] ちいさい秋みつけた(サトウハチロー 詞/中田喜直 曲)
[5] 雪の降るまちを(内村直也 詞/中田喜直 曲)
[6] 白鳥の歌(若山牧水 詞/古関裕而 曲)
[7] さすらいの唄(北原白秋 詞/中山晋平 曲)
[8] 惜別の唄(島崎藤村 詞/藤江英輔 曲)
[9] かあさんの歌(窪田聡 詞・曲)
[10] 津軽のふるさと(米山正夫 詞・曲)
[11] 北上夜曲(菊地規 詞/安藤睦夫 曲)
[12] 影を慕いて(古賀政男 詞・曲)
[13] 白い花の咲く頃(寺尾智沙 詞/田村しげる 曲)
[14] 高原の旅愁(関沢潤一郎 詞/鈴木義章 曲)
[15] 山の煙(大倉芳郎 詞/八洲秀章 曲)
[16] 胸の振子(サトウハチロー 詞/服部良一 曲)
[17] 水色のワルツ(藤浦洸 詞/高木東六 曲)
[18] 白い想い出(山崎唯 詞・曲)
[19] さよならをするために(石坂浩二 詞/坂田晃一 曲)
[20] 悲しくてやりきれない(サトウハチロー 詞/加藤和彦 曲)
[21] 見上げてごらん夜の星を(永六輔 詞/いずみたく 曲)
[22] 遠くへ行きたい(永六輔 詞/中村八大 曲)

〈録音〉東大和市民会館ハミングホール 2014年7月10-11日、2015年1月15-16日


ドイツ連邦共和国終身プロフェッサーの称号を持つ小松英典が、今あらためて歌う日本の歌曲やポピュラー・ソング。国外で生活する歌の専門家としての視点と、常にふるさとを希求するひとりの日本人としての心のはざまにただよう、深いやさしさに包まれた歌声は、日本語の美しさと、昭和の時代を彩ってきたぬくもりを耳の奥にかたちづくる。長年親交のある日本歌曲解釈の第一人者、塚田佳男との情感あるアンサンブルで綴る、いまこそ聴きたい22曲。



HidenoriKomatsu.jpgHidenori Komatsu小松英典(バリトン)

 1975年渡独。ハンブルクで宮廷歌手アーノルド・ヴァン・ミルに師事。1976年リューベック国立音楽大学入学。宮廷歌手エディット・ラング、ルネ・コロらに師事。80年同大学リート・オラトリオ・オペラ科卒業。1982年秋、ハンブルクを中心にブラームスの「美しきマゲローネのロマンス」によるリサイタルを行う。翌1983年1月マドリッドでブラームスの「ドイツ・レクイエム」を歌い、またドイツ各地でシューベルトの「冬の旅」によるリサイタルを行った。同年4月、ベルリンでD.フィッシャー=ディースカウと共演。その他、アーリン・オジェー、エリー・アメリングなど著名な歌手と共演し、ザルツブルク音楽祭などヨーロッパの主要なフェスティバルにも参加。小澤征爾指揮、1990年よりR.シュトラウス「サロメ」、プッチーニ「マノン・レスコー」、ベルリオーズ「ファウストの劫罰」、J.S.バッハ「マタイ受難曲」等に出演し絶賛を浴びた。1992年「小松英典マーラーを歌う」を開催。1994年にE.マティスとのデュオ・リサイタル「シューマンの夕べ」を開催するなどドイツ歌曲の第一人者としての評価を確立した。その後、名匠イェルク・デムスとの内外に於いてのリサイタルでは聴衆に更なる深い感動を与え、評価はいよいよ不動のものとなった。
 録音での活躍も目覚しく、ファスベンダーとのCDは独仏にてレコード優秀賞を獲得。マティスとのデュエット、マーラーのオーケストラ歌曲集、シューベルト三大歌曲集、ブラームス、R.シュトラウス、ヴォルフ、日本の抒情歌曲集等、リリースされているCDは20種にも及ぶ。最新盤「J.S.バッハ:バスのためのカンタータ集BWV56, 82, 158」(ALM/コジマ録音)も大変な好評を得ている。
 ドイツ・ブレーメン国立音楽大学声楽科教授。友愛ドイツ歌曲コンクール審査員。松方音楽賞審査員。ドイツ連邦共和国認定終身教授。大仙市民賞受賞。


yoshiotsukada.jpgYoshio Tsukada
(Photo by Koshu ENDO)
塚田佳男(ピアノ)

 群馬県出身。東京藝術大学音楽学部声楽科卒業。二期会等でオペラや各種コンサートの伴奏・コレペティトゥーアを務めた後、1975年から1977年までドイツ・デトモルトにてピアノ・オルガン・伴奏法を学ぶ。
 帰国後から現在に至るまで歌を知りぬいた繊細な音楽性で、特に日本歌曲の研究、解釈、伴奏においては現在日本の第一人者としての活動を続けている。
 畑中良輔氏と共に企画・構成に携わり、その伴奏の殆どを受け持ってきた、1993年より続く音楽の友ホールでの《日本歌曲シリーズ》を代表に、日本歌曲や日本の歌による演奏会での企画構成と演奏は、国内はもとより海外においても高い評価を得ている。
様々な歌手の伴奏を務めたCDは多数リリースされている。また、セミナー等での講師としての活動も、日本歌曲の歌唱法および伴奏法の指導を中心として全国各地で行っており、多くの歌い手とピアニスト達を育成している。
 日本演奏連盟所属。